大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(行ケ)22号 判決

神奈川県鎌倉市台二丁目13番1号

原告

東洋化学株式会社

代表者代表取締役

森山淳吾

訴訟代理人弁護士

秋吉稔弘

同 弁理士

瀧野秀雄

大阪府大阪市西区京町堀一丁目6番4号

被告

因幡電機産業株式会社

代表者代表取締役

出口健

訴訟代理人弁理士

北村修一郎

主文

特許庁が平成8年審判第3005号事件について平成9年12月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「空調配管用カバー」とする登録第907619号意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。なお、本件意匠は、平成3年10月1日に登録出願され、平成6年6月21日に意匠権の設定登録がされたものである。

被告は、平成8年3月1日に本件意匠の登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成8年審判第3005号事件として審理した結果、平成9年12月2日に「登録第907619号意匠の登録を無効とする。」との審決をし、同月22日にその謄本を原告に送達した。

2  審決の理由

別紙審決書の理由写しのとおり(審決にいう「引用の意匠」を以下「引用意匠」という。)

3  審決の取消事由

本件意匠と引用意匠が審決認定の共通点及び差異点を有することは認める。しかしながら、審決は、差異点の判断をいずれも誤った結果、本件意匠は引用意匠に類似すると判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)差異点〈1〉の判断の誤り

審決は、本件意匠及び引用意匠の嵌合部を正面視(あるいは背面視)したときの態様を、いずれも「一本の細溝」としたうえ、その細溝を略「コ」の字状とすることも、略「V」の字状とすることも、本件意匠の登録出願前にごく普通に見受けられるものである旨判断している。

しかしながら、本件意匠の嵌合部を正面視(あるいは背面視)したときの態様は、特定の幅の底を持つ溝であるから、溝の上下に2本の線が現れる(したがって、これを審決のように「一本の細溝」というのは不正確といえる。)。そして、配管用カバーを正面視(あるいは背面視)したときの態様が特定の幅の底を持つ溝であって、溝の上下に2本の線が現れる意匠は、本件意匠の登録出願前にごく普通に見受けられるものではない。

これに対して、引用意匠の嵌合部を正面視(あるいは背面視)したときの態様は、なだらかな溝であって、溝の中央に1本の線のみが現れる。そして、配管用カバーを正面視(あるいは背面視)したときの態様が、なだらかな溝であって、溝の中央に1本の線のみが現れる意匠は、本件意匠の登録出願前にごく普通に見受けられるものにすぎない。

したがって、本件意匠及び引用意匠の嵌合部を正面視(あるいは背面視)したときの熊様は、溝の大きさにおいても、現れる線の数においても異なるから、差異点〈1〉は部分的で微弱な差異にすぎないとした審決の判断は誤りである。

(2)差異点〈2〉の判断の誤り

審決は、配管用カバーに突条を設けることも、設けないことも、従来からごく普通に行われるところである旨判断している。

しかしながら、引用意匠の各面の角寄りに設けられている突条は、光の陰影によって明確に目視できるうえ、それが配管用カバーの長手方向全部に続くので、取引者又は需要者の注意を引くものである。

したがって、差異点〈2〉は軽微な差異であるとした審決の判断は誤りである。

(3)差異点〈3〉の判断の誤り

審決は、差異点〈3〉に係る本件意匠の態様は略台形状のありふれたもので格別の特徴がなく、内方の突条の高さの差異も、その部分のみを取り出して注視した場合に初めて分かる程度の差異にすぎない旨判断している。

しかしながら、配管用カバー本体の下面の凹溝を本件意匠のように略台形状とし、内方の突条を本体下面とほぼ面一とする意匠が本件意匠の登録出願前にありふれたものであった事実はない。これに対して、配管用カバー本体の下面の凹溝を引用意匠のように略「コ」の字状とする意匠は、本件意匠の登録出願前に普通にみられたものにすぎない。

そして、配管用カバー本体の下面の態様は、配管用カバーが商品として展示販売される時点においては明確に目視することができ、かつ、配管施工業者の注意を引く部分である。したがって、差異点〈3〉は使用時には取付面として隠れてしまう部分的で微弱な差異にすぎないとした審決の判断は誤りである。

(4)差異点〈4〉の判断の誤り

審決は、差異点〈4〉は嵌合部の構造上の差異といえるものであって、比較的看者の注意を引きがたい配管用カバーの内方に表されるものである旨判断している。

しかしながら、配管用カバーは、施工業者が建物に本体を取り付け、配管を施した後に蓋体を嵌合して完成するものであるから、嵌合部の態様は、配管用カバーの意匠の要部であって、配管施工業者の注意を最も引くものである。

したがって、差異点〈4〉は構造上の差異に起因する外観上の差異としてはそれほど評価することができないとした審決の判断も誤りである。

第3  被告の主張

原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  差異点〈1〉の判断について

原告は、配管用カバーを正面視(あるいは背面視)したときの態様が本件意匠のように特定の幅の底を持つ溝であって、溝の上下に2本の線が現れる意匠は、本件意匠の登録出願前にごく普通に見受けられるものではない旨主張する。

しかしながら、配管用カバーを正面視(あるいは背面視)したときの態様が、特定の幅の底を持つ溝であって、溝の上下に2本の線が現れる意匠は、例えば、登録第746698号意匠、登録第734461号意匠あるいは登録第741247号意匠にみられるように、本件意匠の登録出願前にごく普通に見受けられるものにすぎない。したがって、差異点〈1〉に係る本件意匠の態様には何らの特徴も見出せないとした審決の判断に誤りはない。

2  差異点〈2〉の判断について

原告は、引用意匠の各面の角寄りに設けられている突条は光の陰影によって明確に目視することができるうえ、それが配管用カバーの長手方向全部に続くので、取引者又は需要者の注意を引く旨主張する。

しかしながら、引用意匠の各面の角寄りに設けられている突条は高さが極めて低く、幅も極細のものであって、従来からごく普通に行われていたものであるから、差異点〈2〉に係る本件意匠の態様は本件意匠の特徴をなすものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

3  差異点〈3〉の判断について

原告は、配管用カバー本体の下面の態様は配管用カバーが商品として展示販売される時点においては明確に目視することができ、配管施工業者の注意を引く部分である旨主張する。

しかしながら、差異〈3〉に係る態様は、配管用カバーの意匠全体からみれば、局部的なものに止まることは否定することができない。

したがって、差異点〈3〉は使用時には取付面として隠れてしまう部分的で微弱な差異にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

4  差異点〈4〉の判断について

原告は、嵌合部の態様は配管用カバーの意匠の要部であって、配管施工業者の注意を最も引く旨主張する。

しかしながら、差異点〈4〉に係る態様も、配管用カバーの意匠全体からみれば局部的なものに止まることは否定することができない。

したがって、差異点〈4〉は構造上の差異に起因する外観上の差異としてはそれほど評価することはできないとした審決の判断にも誤りはない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  甲第2号証(本件意匠の意匠公報。別紙図面A参照)及び第4号証(引用意匠の意匠公報。別紙図面B参照)によれば、本件意匠及び引用意匠に係る物品である配管用カバーは、断面がいずれも「コ」の字状の本体と蓋体とによって構成され、断面が1辺6~7cmのほぼ正方形を示す長い筒体であること、具体的には、本体の中央部分を内側からねじ止めする等の方法によって建物等に固定し、本体の内部に複数本の配管を施した後、蓋体を本体に嵌合して完成するものであって、配管を隠蔽ないし保護するためのものであることが認められる。すなわち、別紙図面A、Bは、長い筒体である配管用カバーの断面を上方(あるいは下方)から表したものであって、各図の下方が建物等であり、完成後の配管用カバーは、主として各図の上方から目視されることになるのが明らかである。

そうすると、配管用カバーが完成した後、最終の需要者らが関心を持つのは、せいぜい配管用カバーの色彩程度と考えられるのであって、本体下面の凹溝の形状(差異点〈3〉)及び嵌合部の内部形状(差異点〈4〉)はもとよりのこと、各図の右方あるいは左方から目視したときの形状(差異点〈1〉)にも、最終の需要者らが特別の関心を持つとは認められない。また引用意匠を別紙図面Bの上方から目視したときに配管用カバーの縦方向に現れる2本の線(差異点〈2〉)も、配管用カバー全体の美感をとりたてて左右するものと認めることはできない。

しかしながら、本件意匠及び引用意匠に係る物品である配管用カバーは、その製造販売業者や配管施工業者(審決にいう「専門技術者」)などが、その実施に関与するのであるから、配管用カバーの意匠の類比は、これら業者をも取引者又は需要者として想定し、これを基準として認定判断することを要すると解するのが相当である。そうすると、配管用カバーの本体を建物等に固定する場合に関連する差異点〈3〉及び本体に蓋体を嵌合する場合に関連する差異点〈4〉が、配管施工業者等によって特に注意深く観察される態様であると認められる。

2  差異点〈3〉の判断について

原告は、配管用カバー本体の下面の態様は配管用カバーが商品として展示販売される時点においては明確に目視することができ、配管施工業者の注意を引く部分である旨主張する。

検討すると、前記認定の事実によれば、配管用カバーの本体は、別紙図面A、Bに図示されている筒体の下辺の中央部分を、上方(内側)からねじ止め等の方法によって建物等に固定されるものと認められる。

そして、別紙図面Aに図示されている筒体は、下辺の中央部分に明確な溝部が形成され、かつ、その溝部の底(審決にいう「内方の突条」)が筒体の下辺とほぼ同一面であるため、いかにも建物等へのねじ止め等が容易であるとの印象を与えるといえる。これに対して、別紙図面Bに図示されている筒体下辺の中央部分には明確な溝部が形成されておらず、その最も低い部分(審決にいう「内方の突条」)は筒体の下辺とはかなり離れているため、建物等へのねじ止め等は必ずしも容易でないとの印象を与えるといわざるをえない。

このような印象の差異は、配管を実際に施工する業者等によって見逃されるはずのないものと考えられるから、差異点〈3〉は使用時には取付面として隠れてしまう部分的で微弱な差異にすぎないとした審決の判断は、誤りというべきである。

3  差異点〈4〉の判断について

原告は、嵌合部の態様は配管用カバーの意匠の要部であって、配管施工業者の注意を最も引く旨主張する。

検討すると、差異点〈4〉に係る本件意匠及び引用意匠の態様は、審決認定(7頁11行ないし19行)のとおりと認められるが、特に、本件意匠の嵌合部がいわば直線によって構成され、しかも、本体と蓋体との噛合い部分に、筒体の厚みあるいはそれ以上の間隙が残されているのに対して、引用意匠の嵌合部がいわば曲線によって構成され、しかも、本体と蓋体との噛合い部分には間隙が全く残されていない点が、両意匠の明確な差異として指摘されるものである。

このような明確な差異は、本体と蓋体との嵌合の難易あるいは確実性に少なからぬ影響を与えることが明らかであるから、配管施工業者等によって決して見逃されるはずのないものである。したがって、差異点〈4〉は構造上の差異に起因する外観上の差異としてはそれほど評価することができないとした審決の判断は、明らかに誤りである。

4  以上のとおりであるから、少なくとも差異点〈3〉及び差異点〈4〉に関する審決の判断は誤りである。そして、審決認定の共通点を含め、両意匠全体を総合して判断しても、差異点〈3〉及び差異点〈4〉は、配管施工業者にとって看過しえない重要な態様の差異であると考えられる。したがって、本件意匠と引用意匠は非類似の意匠というべきであるから、本件意匠の意匠登録は意匠法9条1項の規定に違反してされたものであるとした審決の結論は、維持することができない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年2月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

本件意匠

〈省略〉

別紙図面B

引用意匠

〈省略〉

理由

第1.請求人の申立て及び請求の理由

請求人は、結論同旨の審決を求めると申立て、その理由として要旨次のように主張し、立証として甲第1号証、甲第1号証の1乃至甲第1号証の19、甲第2号証を提出した。

1.意匠登録第907619号(以下、本件登録意匠と言う)は、その出願前の昭和60年4月1日に頒布された、意匠登録第647640号公報に記載の意匠(以下、甲第1号意匠と言う)に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号に該当するから、その登録は無効とされるべきである。

2.本件登録意匠は、その出願前の平成1年8月21日に出願された、意匠登録第647640号の類似第12号の意匠(以下、引用の意匠と言う)に類似する意匠であり、意匠法第9条第1項に該当するから、その登録は無効とされるべきである。

第2.被請求人の答弁及び答弁の理由

被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判請求の費用は、請求人の負担とすると答弁し、その理由として要旨次のように主張し、立証として乙第1号証乃至乙第15号証、乙第15号証の1、乙第16号証及び乙第17号証、乙第17号証の1、乙第18号証乃至乙第33号証を提出した。

請求の理由では、本件登録意匠をはじめ甲第1号意匠及び引用の意匠についての要旨の認定が妥当でなく、また、意匠の要部の認定に誤りがあり、そのためこれら意匠との類否の判断に誤りがある。

本件登録意匠と甲第1号意匠及び引用の意匠とは意匠の要部を構成する嵌着部の形状が著しく相違するものであり、全体として本件登録意匠は、甲第1号意匠並びに引用の意匠に類似するものではない。

すなわち、本件登録意匠及び引用の意匠は、基本的構成態様のうち請求書第4頁に記載の、〈1〉縦、横の比が略同一で、板厚の薄い角筒状を呈し、〈2〉4つの角部が、等しい大きさで、比較的大きく面取りされ、〈3〉角筒状の上下幅の中間で、互に上下方向で嵌合する左右側板の嵌着部をもって、筒全体が上下2部材で形成されていることを、基本的構成態様とした点で共通するものであるとしても、この種物品において上記〈1〉~〈3〉を基本的構成態様とした点で共通することのみをもって意匠が類似する根拠とするのは、登録例からみて誤りであり、類否の判断は基本的構成態様の公知性及び具体的構成態様の共通点、相違点と合わせて総合的になされなければならないものであって、具体的構成態様のうち、請求の理由で認定していない嵌着部の形状において顕著に相違するものであるから、内部構造に係り意匠の要部を構成しないということはできず、両意匠の要部を構成するものとして類否の判断が行われなければならない。

また、この種物品分野の意匠は、通常上下2部材からなり、需要者である専門技術者が使用に際して2部材を分離して配管施工し嵌合させて仕上げるものであるから、基本形状のみならず嵌着部の構成態様は必然的に注意を惹かれる部分であり、その形状は意匠の要部を構成するものである。

したがって、少なくとも嵌着部は内部構造に係り意匠の要部を構成しないという請求人の主張は、本件の場合に該当しないことは明白である。

以上に述べたように、両意匠は、基本的構成態様が共通するとしても、その共通性並びに類似意匠の存在のみを根拠として類似すものとみることはできず、意匠の要部を構成する嵌着部の具体的構成態様において著しく相違するものであるから、全体として共通点を凌駕して看者に異なる美感を起こさせるものであり、類似する意匠ではない。

第3.当審の判断

1.本件登録意匠

本件登録意匠は、平成3年10月1日の意匠登録出願(意願平3-29618号)であり、平成6年6月21日に意匠権の設定の登録がなされたものであって、その意匠登録原簿及び出願書面の記載によれば、意匠に係る物品を「空調配管用カバー」とし、その形態は別紙第一に示すとおりである。

2.引用の意匠

引用の意匠は、本件登録意匠の出願の日前の、平成1年8月21日に出願され、平成7年2月22日に意匠登録第647640号の類似第12号として、意匠権の設定の登録がなされた意匠であって、その意匠登録原簿及び出願書面の記載によれば、意匠に係る物品を「配管用カバー」とし、その形態は別紙第二に示すとおりである。

3.本件登録意匠と引用の意匠を対比すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態については、以下に示す共通点及び差異点がある。

すなわち、長手方向に連続する端面形状が略「コ」の字状を呈し、長手方向の開口部側面先端部分に嵌合部を設けた、稍深めの本体と稍浅めの蓋体とを上下に嵌着して、端面形状は略正方形状を基本形状とし、その各角部を大きく面取りした薄板状の筒体に形成したという基本的構成態様が共通し、また、この筒体の正面壁及び背面壁の稍上方に設けた嵌合部分には、一本の細溝が表され、本体の下面中央の長手方向に、中央部分に突条を有する凹溝を設け、本体の嵌合部は、僅かに斜め内上方に向けて略「ク」の字状に屈曲して形成し、蓋体の嵌合部は、僅かに斜め内上方に向けた突片で形成したと言う、各部の具体的構成態様が共通する。

一方、〈1〉本件登録意匠の嵌合部分に設けた細溝は、略「コ」の字状としているのに対し、引用の意匠は、略「V」の字状としている点、〈2〉引用の意匠は、筒体の各面の角寄りに突条を設けているのに対し、本件登録意匠は、それを設けていない点、〈3〉本件登録意匠の本体下面の凹溝は、略台形状とし、内方の突条は本体の下面とほぼ面一としているのに対し、引用の意匠は、略「コ」の字状とし、内方の突条は凹溝の深さの約半分としている点、〈4〉本件登録意匠の本体の嵌合部は、僅か内方に向けて屈曲し、その上方を略「ク」の字状とし、蓋体の嵌合部は、両下端部に僅かな余地を残して斜め上方に向けた突片を設けているのに対し、引用の意匠の本体の嵌合部は、斜め上方に向けて緩やかに折曲し、その上端を上下に二股状として、上方を略「ク」の字状とし、下方を垂下片状とし、蓋体の嵌合部は、両下端部に斜め上方に向けた突片を設けている点に差異がある。

そこで、両意匠の共通点及び差異点を総合して、両意匠を全体として検討すると、両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的構成態様は、形態上の特徴を強く表象すると共に、形態全体の基調を形成するところであり、意匠の類否を左右する要部をなすものと認められる。

一方、差異点のうち、〈1〉については、本件登録意匠及び引用の意匠のような態様をなす、配管用カバー体にあっては、嵌合部に細溝を設けることは、従来から極普通に行われるところであって、その細溝を略「コ」の字状とすることも、略「V」の字状とすることも、本件登録意匠の出願前に、極普通に見受けられるものであって、本件登録意匠のその態様に何ら特徴を見出せず、意匠全体としては部分的で微弱な差異にすぎない。

〈2〉については、〈1〉と同様に配管用カバー体に突条を設けることも、設けないことも、従来から極普通に行われるところであるから、その突条を設けていないからと言って、本件登録意匠の特徴をなすものとは言えず、その差異は軽微な差異である。

〈3〉についても、配管用かバー体の下面に凹溝を設けることは、従来から極普通に行われるところであって、本件登録意匠のその態様も、略台形状のありふれたもので格別の特徴がなく、また、内方の突条の高さの差異も、意匠全体から見れば、その部分のみを取り出して注視した場合に、初めてそれと判る程度の差異にすぎず、使用時には取り付け面として隠れてしまうところの、部分的で微弱な差異にすぎない。

〈4〉について、被請求人は、この点の差異が、両意匠を別異のものとするところの、意匠の要部を構成する旨主張する。

そこで、この点について審案するに、確かに、両意匠の嵌合部の態様のみを取り上げて観察すると、前記のような差異が認められるものの、両意匠における嵌合部の差異は、この種意匠の嵌合部における構造上の差異と言えるものであって、比較的看者の注意を惹き難い部位である配管用カバー体の内方に表されているものである。

これに反して、最も看者の注意を惹くところであって、意匠の類否判断に大きく影響を及ぼす外観における嵌合部の態様については、前記の〈1〉に判断したように、外観に表れた細溝が略「コ」の字状か略「V」の字状かの部分的で微弱な差異にすぎず、前記の構造上の差異に起因する外観上の差異としては、それ程評価できない。したがって、被請求人の主張は採用できない。

そうして、これらの差異点を総合しても、両意匠の醸し出す形態全体の雰囲気を、異にする程著しい特徴を表出するものでなく、前記共通点の奏する基調を超えて、類否判断を左右するものとは言えない。

したがって、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態においてもその基調が共通するものであり、差異点は、その基調を凌駕する程のものではないから、意匠全体として観察すると類似するものと言うほかない。

第5.むすび

本願の意匠は、その意匠登録出願の日前に出願された引用の意匠に類似し、意匠法第9条第1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠と認められず、同法同条同項の規定に違反して登録されたものであるから、その登録を無効とする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例